Insta360 ONE RS Dual 1 Inch 360 Edition

このカメラは、わたしのように「映像を『趣味』にする人」には楽しめることが増えるカメラである。しかし、YouTuberなど「映像制作を『仕事』にする人」には生産効率と画質と価格のバランスから評価されないかもしれない。人により評価が分かれるカメラだと思う。

まず、このカメラの「特徴」をあらためて考えてみる。

いきなり話が大きくそれるが、ほとんどの草食動物の眼は「頭の両側」にあり、ほぼ自分の背後までカバーできる広い視野をもっている。馬は頭の左右に眼があるが、頭にくらべ身体がかなり大きいので尻の後ろが見えない。だから馬の後ろに不用意に近づくと防衛本能で蹴られることがある。うさぎも頭の左右に眼があり、馬と違い身体に比べ頭が大きいのでほぼ自分の周囲360°を視野に入れることができる。「360°カメラ」はこのウサギの眼を模して造られたカメラで、本体(頭)の両面に2つの超広角カメラ(眼)がついている。

余談として、犬や猫やフクロウなどのほとんどの肉食動物や人間は、両眼とも「頭の前面(顔)」にあって頭の後ろ側が見えない。しかし、前を両眼で見るので距離感や立体感の認識に優れ、獲物や狙いを眼でとらえやすい。フクロウは周囲を見回すために頭(顔)だけをぐるりと回転できる。「3D(立体)カメラ」は前面(顔)の二つの眼を模して造られたカメラである。3Dカメラの映像を観るには二つのカメラの映像を統合する3D眼鏡が必要である。

さて、うさぎが見ている360°映像は、前しか見ない人間の脳ではなかなか理解がしにくい。そこで人間が見える程度の範囲を切り取って(クロップして)人間が見やすい映像をつくる。上下・左右360°の全天球を撮影しておいて、撮影後にその一部を編集で切り取ることを「リフレーミング」と呼ぶ。後から「リフレーミング」ができるので、撮影時には「カメラの向き」を気にする必要がなく、「カメラの位置」だけを注意すればよい。これが360°カメラの最大の特徴であり魅力である。その場でカメラの方向を決める撮影技術がなくても動画撮影が上手くできるのである。

人間は自分の頭が激しく動いたり傾いたりして眼の位置が動いても、見ているものが動いていなければ動いていないように認識できる。ところがカメラは、傾けると映像が傾き、揺れると映像も揺れる。人間は傾いたり揺れたりする映像を見ると自分が傾いたり揺れていたりするように感じて気分が悪くなる。だから動画は「映像の水平安定性」が何よりも大切である。「フォーカス」や「精細さ」や「色あい」や「コントラスト」などはすべて「その次」である。静止画写真撮影を主目的に作られるレンズ交換式カメラは、静止画写真を撮るときの手ブレを抑えることはできるが、動画の「映像の水平安定性」の性能は良くない。レンズ交換式カメラは、画質やフォーカスの性能は優れるが、「カメラを動かして撮る動画撮影」には向かない。だからカメラを水平安定させるための別の機材が必要になり、撮影システム全体が大きく・重く・高価になり、ワンオペでシステムを運用するのはかなり難しい。つまりレンズ交換式カメラはかなりの経験値がないと動画撮影は難しいのである。

他方、アクションカメラやスマホカメラの動画撮影の「電子的手ブレ補正」は著しく進歩して「映像の安定性」がきわめて良くなった。一部の機種は映像を安定させるだけでなく「水平安定性」も実現できるようになった。「電子的手ブレ補正」は「リフレーミング」と同じく、コマ(フレーム)毎の映像のズレを調整してズレの大きい周辺部を切り取って(クロップして)安定した映像にして出力する。クロップされるので画角が狭くなりピクセル数が少なくなるので映像の精細さが落ちる。また夜や暗所の撮影では電子的手ブレ補正は破綻することが多い。アクションカメラの老舗であるGoProは、1/2.3インチという最小のセンサーサイズを大きくすることなく、有効画素数だけを増やして画質と電子的手ブレ補正性能の改善をはかっている。ワンオペで歩きながら気軽に動画を撮影するならスマホカメラで十分である。ワンオペで激しく動きながら動画を撮影するならアクションカメラが最適である。これに対して360°カメラは、コマ(フレーム)毎にジャイロスコープの位置と方向の変化量を記録していて、「リフレーミング」はそのデータをもとにコマごとに処理していく。したがって切り出される動画はどのカメラよりも「水平安定性」が優れる。

360°カメラは「リフレーミング」ができるという独自の素晴らしい良さがあるが、人間の眼で見やすい歪みの少ない映像は360°映像から90°以下を切り取る(クロップする)ことになる。360°のうち90°を切り取ると元映像の4分の1にクロップしていることになる。このため「カメラの向き」を決めながら限られた画角で撮影されるスマホやアクションカメラの映像にくらべるとどうしても画質が劣る。360°カメラは「リフレーミング」と「映像の水平安定性」が素晴らしいが「画質」はもう少しなんとかならないかということになる。

画質を良くするにはセンサーサイズを大きくし有効画素数を増やす必要がある。しかし、センサーサイズが大きいほど、カメラ本体とレンズを合わせたシステム全体が大きく・重く・高価になる。このトレードオフ(相反)関係のどの辺りに妥協点を見出すかということになる。

Insta360 ONE RSは、カメラ・画像処理コア部分・電池をそれぞれ別のユニットにして3つを合体して使うように作られている。まず得意な1/2.3インチセンサーの360°カメラ、次に1インチセンサーにLeicaレンズを組み合わせたアクションカメラの2種類のカメラユニットを出した。今回はこれに1インチセンサーLeicaレンズを2つ搭載した「Dual 1 Inch 360 Edition」というカメラユニットを加えたのである。360°カメラにセンサー面積が4倍以上ある1インチセンサーを採用した一方で、有効画素数は5.7Kから6.0Kにわずか5~6%しか増えていない。センサーサイズ(面積)を4倍にしたので、レンズ径が倍になり、価格は2倍になった。これによる映像の改善度合いと大きな価格差のバランスをどう評価するかは見解の分かれるところであろう。

わたしはどう考えてこのカメラを買うことにしたか。正直いつものように深く考えずに購入を決めてしまって後から自分を納得させるために理由をこうして考えている。

カメラはセンサーサイズが大きいほど画質が良い。レンズ交換式カメラのうちセンサーサイズが最も小さいマイクロフォーサーズカメラのセンサーサイズはフルサイズの概ね4分の1(の面積)で、交換レンズの重さと価格も概ね半分から4分の1程度である。フルサイズカメラはマイクロフォーサーズカメラより画質が良いが、その差が4倍以上の重さと価格に見合うかどうかは意見が分かれるだろう。たとえその差が小さくてもベストを望むなら4倍の投資と4倍の重量を受け入れてフルサイズを選ぶべきであろう。わたしの場合はフルサイズは重くてワンオペ動画撮影が難しいのでマイクロフォーサーズを選択した。

最近、マイクロフォーサーズの焦点距離9mm(フルサイズ換算18mm)開放F1.7という新しい単焦点レンズが発売された。価格が5万円台で「安い」という高評価がたくさん出ている。レンズ交換式カメラの交換レンズで5万円台は確かに安い。しかし、スモールセンサーのマイクロフォーサーズカメラの動画撮影でこの単焦点レンズを使って「新たにできること」はきわめて限られる。これを使えば「フルサイズカメラのような」近接撮影の背景ボケが多少は実現できる。できなかった不得意な部分が少しできるようになるが、それほど大したことではないなぁとわたしは思う。価格が安いから僅かな改善のために買うかと一瞬考えたが楽しめることはあまり増えないと思って買うのはやめた。

他方、この単焦点レンズとほぼ同じ価格で360°カメラInsta360 ONE X2が買える。すでに持っていたのであらためて使ってみると実に楽しめることがたくさんある。「カメラの位置」をどうするかいろいろ工夫して試してみた。「見えない自撮り棒」をバックパックに固定できるように工夫して頭の50センチ程度上にカメラを固定できるようにした。しかしそれで歩くとカメラが左右に揺れて映像が安定しない。そこで自転車に乗ってみると見事にカメラの位置と映像が安定した。自転車の速度は歩くより速く車より遅い微妙に心地のよい速度である。また、歩いて撮影するときは「見えない自撮り棒」に一脚を足して、カウンターウエイトの役割にして持ちやすくしたり、一脚を延ばしてカメラの位置を頭上高くに持ち上げたりすることができる。カメラの位置(視点)を大きく変えると今までは考えられなかった面白い映像が撮影できた。Insta360 ONE X2は防水なので池に突っこんで鯉を撮影することもできた。360°カメラは撮影と編集の楽しみの幅を大きく拡げてくれる。

Insta360の無料編集アプリInsta360 Studio 2022は「リフレーミング」のバージョンを「プロジェクト」と呼び、ひとつの映像からいくつもの「プロジェクト」を作ってみることができる。撮影したひとつの360°映像を使って「カメラの方向をいろいろ変えてみる楽しみ方」ができる。映像を『趣味』とする場合はこれは実に楽しい。しかし、映像が『仕事』の熟練者は、撮影時に「カメラの方向」を決めて撮影すればよいことをわざわざ「リフレーミング」の手間をかける必要は感じないであろう。しかも、「リフレーミング」するとクロップされて画質が悪くなる。効率と品質の両方で劣るので『仕事』では360°カメラは使いにくい。

360°カメラは「リフレーミング」と「映像の水平安定性」が実に素晴らしいが、スマホやアクションカメラにくらべると画質が劣る。この弱点が少しでも改善されれば嬉しい。わたしは「改善は僅かかもしれないが現在の360°カメラのベスト画質を手に入れたい」と思って購入した。

Insta360 ONE RS Dual 1 inch 360 edition(名前が長いことが一番不評である)がさっき届いたので、とりあえず室内でテスト撮影をしてみた。画質の改善度合いは想像していたよりも良いと感じた。Leicaレンズの貢献もあるかもしれない。これからこのカメラを使って楽しく遊んで行きたいと思う。

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