ロシア経済制裁 情報格差が経済格差を拡大する

 

わたしは『森翔吾』という日本人男性のYouTubeチャンネルを毎回興味深く拝見している。この方はロシア連邦タタールスタン共和国(首都カザン)に隣接するキーロフ州の田舎町の奥さんの実家で暮らしていて、石狩で妻の母親と3人で暮らすわたしと少しだけ似ているところがある。上の動画は2022年3月5日にアップロードされた最新動画である。

「ルーブルが紙クズになる前に」現金で車を即日購入しようと2時間半の距離にある大都市カザンに向かう車中の映像から始まる。第2子を身ごもっているロシア人(タタール人)の奥さんが、日本車ディーラーに次々電話を入れて最新情報を入手する。得られた情報をもとに、ロシア生産ではなく日本からの輸入車でオフロードに強く即日引き渡し可能なスバルフォレスターの新車を買うことにする。新車370万ルーブル下取り92万ルーブル約280万ルーブルの現金支払いである。その後の動画の流れから、購入したのはおそらく3月1日だったのではないかと推測される。

ロシアへの経済制裁によってルーブルが急激に下落することはロシア国外の報道をみていれば容易に予測可能なことである。1ルーブルは約1.5円(ドル円を介した換算)前後で安定推移していたが、それが急落しはじめたのは2月28日である。3月4日には0.93円まで下がり、ルーブルは僅か5日間で38%も下落した。この下落は更に進む可能性が高い。

ロシア国内の報道ではウクライナ侵攻に対して行われる経済制裁について詳しく報じられることはない。したがってロシア国内の報道しか見ない多くのロシア国民はまだ直接的影響が小さいので平静である。カザンの平均的な市民の年収の数年分にもなる多額の現金を引き出しに行った銀行の店頭は普段とあまり変わらない平穏な様子である。しかしモニターに表示されているルーブル対ドルの交換レートの売値と買値の開きが異常に大きいことに奥さんが気付く。ドルを買い求める人が多くて売る人がいないのである。ちょっとしたドキュメンタリー映像のようである。

森翔吾さん自身はロシアをめぐる情勢悪化の可能性を早くから感じて、ロシアに来る前に夫婦で暮らしていたドバイに再移住する手続きを昨年の11月に済ませ、資産や収入の受け皿をドバイに移してあると言っている。いつでもロシアを脱出できるようにパスポートやビザの手続きも終えているようだ。しかし隣に暮らす奥さんの両親はどうなってもここを離れないと言ってパスポートの取得は行っていないという。2~3ヶ月は持ちこたえられる食料備蓄があり春が来ればダーチャ(郊外別荘)で食料づくりを始められる。ロシアの田舎の人は90年代の厳しい教訓に学んでこのような備えをしている人が少なくないということである。

この動画を観ていて思ったことは、情報格差が経済格差をいっそう拡大するだろうということである。想起されるのは、1990年代のソ連崩壊後の経済の大混乱の中で、オリガルヒと呼ばれる新興財閥が生まれたことである。国有企業を売って民営化する情報をいち早く知り有利に手に入れることができた人たちがロシアの富の太宗を手に入れた。同じことがロシアだけでなくウクライナでも起こった。ロシアとベラルーシには強力な政権が生まれて開発独裁的に崩壊した経済を立て直した。ウクライナは新興財閥が政治に介入し合って強力な政権が生まれず不安定な政治体制が続いて経済発展が進まなかった。そのためウクライナは欧州の最貧国にまで陥ってしまった。現政権は戦時政権となったので圧倒的な支持を集めているようだが、平時の政権としてはあまり期待されていなかった。戦後の復興をリードできるかは全く未知数である。

さて、経済制裁は権力や富を握る人たちにはむしろ有利に、正しい情報を得ることができない貧しいひとたちにより厳しく効いてくる可能性がある。大多数の貧しい人たちが苦境に陥っても独裁を強める権力者が困るようなことにはなっていかないかもしれない。ロシアとウクライナの民衆は軍事と経済両面で命を脅かされ続ける可能性が高い。辛い時代は簡単には終わらない。

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