秋鮭とイクラとサーモン

 石狩湾新港東ふ頭に石狩湾漁協の漁港とプレハブの小さな直売所がある。水揚げがあった朝だけ直売店が開き売り切れると閉まる。石狩川河口近くの定置網で秋鮭が獲れると直売所で捌いて売られるので朝早くから並んで開店を待つ。漁がない日は今日はありませんという貼り紙が出るが行ってみなければわからない。今年も9月17日の朝に「生筋子」を大量に買ってきた。「いくら醤油漬け」にして東京の家族や親類に送るのが秋の恒例になっていて今年はとくに大量に買い込んだ。上の直売所内の写真の「生筋子1kg6800円」は2018年の価格である。今年は漁初期だったこともあり消費税込みで1kg1万円近かったと思うが確かな証拠がない。ここで買えばスーパーよりずっと安いというわけではなく、目の前で水揚げされ捌かれたばかりの新鮮なものを大量に買うことができるのがメリットである。例年9月中旬の週末に秋鮭の代表的料理「石狩鍋」の発祥の地とされる石狩川河口近くで「石狩さけまつり」が行われ札幌から大勢の人が押し寄せるが、2020年も2021年も開催されなかった。

わたしは秋鮭には特別な思いがある。29歳だった1980年6月から31歳の1981年7月まで(つまり今から40年前)釧路の水産加工会社に役員の立場で出向したことがある。当時釧路は水揚げ量日本一を続ける大漁港で、大きく言えば「世界4大漁場」のひとつ「太平洋北西部漁場」最大の水揚げ漁港であった。季節に応じ北洋サケマス・いわし・さんま・スケトウダラなどが大量に水揚げされた。水産加工会社は工場の操業を維持するためほぼ全部の魚種を扱っていたが、会社の利益のほとんどは2か月ほどの秋鮭漁期に生み出されていた。だから経営戦略を考える上で秋鮭を徹底的に学び理解する必要があった。

サケ科の魚は学術上11属66種類以上あるとされる(他説もある)。一般呼称として用いられるサケとマスの境界は曖昧である。川で生まれ海に降下して大洋を回遊しながら成長し2~6年後(秋鮭は主に4年後)に生まれた川(母川)を遡上して産卵受精して死ぬもの(上図)が「一般に」サケと呼ばれる。他方何らかの要因で陸地の淡水域に封じ込められ(陸封され)そこで生息するようになった小型のものが「一般的に」マスと呼ばれる。しかし海で育つものでもマスと呼ばれるものがありマスと呼ばれるものにも大型のものがあるので、海と陸あるいは魚体の大きさでサケとマスが区分されるとはいえない。

日本の鮭缶に使用されるサケは小さな缶に詰め込めるかなり小型サイズの「カラフトマス」である。カラフトマスは外洋を回遊中に捕獲される。サケと同様産卵のため川を遡上するが必ずしも母川に遡上するわけではないともいわれる。北海道の小さな河川にも遡上する。北米ではピンクサーモンと呼ばれ最も美味なサーモンとされる。わたしも無添加の鮭缶のカラフトマスが抜きん出て美味しいと思う。

日本国内で作られるスモークサーモンの原料に用いられるのは輸入のキングサーモンで日本では「マスノスケ」と呼ばれ天然では最も大型のサケである。魚肉が紅いベニザケ・ギンザケ・マスノスケに対して魚肉の赤味が少ない秋鮭はシロザケと呼ばれる。北米では川に遡上するシロザケつまり「ブナザケ」をドッグサーモンと呼び最も美味しくないサケとされる。残念ながらわたしもそう思う。

近年回転寿司で最も人気がある寿司ネタは「サーモン」である。ノルウェー産の養殖アトランティックサーモンからはじまって消費者に普及したが、近年は海で養殖したニジマスである「トラウトサーモン(サーモントラウト)」も増えている。(上の写真)

ニジマスは日本国内でも淡水養殖されるが流通量はきわめて少ない。陸封の小型のものはレインボートラウトとかゴールデントラウトと呼ばれ、降海型のきわめて大型のものがスチールヘッドと呼ばれるらしいが、いずれも身体に斑点があるニジマスである。近年スーパーによく並ぶ「トラウトサーモン」はチリの南極に近いパタゴニアの海で養殖された大型のニジマスの「商品名」である。これに対しノルウェーの北極に近い海で養殖された大型のニジマスの「商品名」は「サーモントラウト」という。マグロの大トロのように脂ののりが良いので回転ずしで「トロサーモン」という「商品名」で売られることもある。

日本の川に大量に遡上するサケは秋鮭(シロザケ)だけである。かつて日本の漁船が洋上で「沖獲り」していたベニザケ・ギンザケ・カラフトマス・マスノスケ(キングサーモン)などはほぼ日本以外のロシア・アラスカ・カナダの川の生まれである。「沖獲り」が制限されるようになって以降は秋鮭以外のサケマスは輸入品に代わり、今は完全に輸入が主になっている。

2017年の「輸入通関『金額』」ベースの主な輸入先は、①チリ②ノルウェー③ロシア④米国⑤その他である。ロシア・米国などからの輸入品は従来と同じ「天然」もののベニザケ・ギンザケなどであるが、チリとノルウェーはほぼ全てが「養殖」ものである。サケマスの消費額は大きく伸びており、それをけん引しているのはチリとノルウェーの養殖ものである。消費者はもっぱらサーモンと呼ぶようになり、と呼ぶのは年配者かあるいは秋鮭を含む天然ものだけを指すようになった。

2021年の今年もそうであるが、近年北海道では秋鮭漁獲量が減っているという報道がされる。どのくらい減ってきているのか調べてみるとなんと1970年から2020年までの半世紀の推移資料がみつかった。

「国立研究開発法人水産研究・教育機構 北海道区水産研究所」

『サケの放流数と来遊数及び回帰率の推移』

http://salmon.fra.affrc.go.jp/zousyoku/ok_relret.html

この資料の「来遊数」(千尾)は海面・淡水面をあわせた捕獲数である。放流数」は1~6月までに放流された稚魚の尾数(右目盛百万尾)であるが、サケの多くは4年後に生まれた川に回帰するので、この資料ではその年に放流された尾数ではなく「その年の4年前に放流された尾数」を折れ線グラフで示している。そして4年前の放流数に対する来遊数の比率(%)を「回帰率」と呼んでいる。

1975年や2018年はその4年前の放流数が前後の年より多かったことが来遊数に反映している。しかし長期間の大きな傾向としては放流数と来遊数に明確な相関関係はみられない。長期間の大きな傾向としては回帰率の上昇によって来遊数が大幅に増加し、その後回帰率の低下によって来遊数が大幅に減少している。1996年に4.5%の最高値となったが、2016年以降は2.0%を超えることがなくなり2020年は過去最低の1.1%まで落ち込んでいる。

回帰率≒漁獲数増減の決定的要因は分からないというのが正直なところであろう。ニシン・サバ・イワシ・真イカなどがそうであるが、過去に大量に漁獲され肥飼料になっていたような多獲性魚が今はあまり獲れず高級魚になっている例は少なくない。また真イカが何十年もあまり獲れていなかった海域(40年前の釧路沖)で突然海を埋め尽くしそれがその年限りだったということがあった。個体の産卵数がきわめて多いものは好条件が全部重なると「突然湧く」ことがある。しかし同じことは二度と起こらなかった。百年変わらずに同じ海域で同じ魚が大量に獲れ続けている例はむしろ稀であり、逆に世界の海から完全にいなくなって絶滅した多獲性魚もあまりないのではないかと思う。海はきわめて複雑なのである。それに対応して狩猟漁業から養殖漁業に転換が始まっていてサーモンはその最も成功している例であろう。

さて、わたしが釧路で秋鮭と向き合っていたころの来遊数(捕獲数)は1980年が22百万尾、1981年が30百万尾であった。50年のスパンで観るとそのころがちょうど来遊数(捕獲数)の急増がはじまった時期にあたっている。そしてその40年後の現在の2019・2020年は1979年以前の水準に戻ったようにみえる。

40年前に釧路の水産加工会社で経験したことをあらためて思い返してみる。

9月に入ると沿岸の定置網に秋鮭が入り始める。北太平洋を回遊する長い旅から母川に回帰するための最後の旅の途中で、産卵にはまだ早く回遊中の「銀毛」の状態のものが多い。しかし秋が進むにつれ「銀毛」が減り、ブナの木肌のような茶色の縞模様の婚姻色の「ブナ(毛)」が増えていく。オスは同時に上あごが伸びて「鼻曲がり」になる。「ブナ」は栄養が卵や白子に回るのに餌を食べなくなるので肉質は弾力や脂気や旨味がなくなる。秋が進み「ブナ化」が進むほど魚体は売り物にならなくなる。

秋鮭の価値はもっぱら魚卵にある。「銀毛」の魚卵は腹を割くと膜に包まれた若い「生筋子」の状態で出てくる。産卵が近づいた「ブナ」は腹を割くとばらばらの卵の状態で出てくる。「生筋子」から「イクラ」を作るには人の手で揉んで魚卵をばらばらにする手間が必要である。「生筋子」から作った「イクラ」は粒が小さく殻が薄くて柔らかく食べたとき殻が口に残らない。しかし「ブナ」のばらばらの魚卵から作った「イクラ」は粒が大きく殻が厚く硬くて食べたとき殻が口に残る。一般的に「生筋子」から作った「イクラ」の方が「ブナ」のばらばらの卵から作った「イクラ」よりも高級で高価である。

銀毛」は切り身や「新巻き鮭」に向けられるが、「ブナ」は程度の良いものがみそ味の「石狩鍋」や「ちゃんちゃん焼き(ホイル焼き)」にして食べられるが味がなく切り身には向かない。「ブナ化」が進むと魚体は売り捌きが難しい。そこで2年目に「ブナ」を外して冷凍保管しておいて閑散期に「サケフレーク」を製造することにした。試験製造から最初の製造ライン稼働まで実現したところで2年間の任期を終え退任した。

200カイリで「沖獲り」できなくなるのでそのかわりに秋鮭が大量に獲れるように放流数を増やした。ところが1990年代に回帰率も倍以上になって想定を超えて大量に獲れるようになった。漁獲量がそこまで著しく増えると魚価が下がり大漁貧乏になった。それだけでなくとくに「ブナ」は魚体の持って行き場がなく困った。その頃から水産物加工は中国とベトナムで行われるようになりつつあったので、秋鮭を中国とベトナムに輸出して何とか日本で売れる加工品に変えて輸入する道を模索した。「ブナ」はフレークや魚肉ハンバーグやフライのような元の形や味をとどめないものに加工するしかない。おそらく低価格帯のコンビニ弁当などに使われたのではないかと推定されるが、そういう用途の商品は長続きはしない。漁獲量が減ってそういう苦労はなくなったととらえるべきなのではないかと思う。

「イクラ」はなお高級なイメージを維持しながら回転ずしをはじめとする外食需要は堅調である。商品価値を崩すような供給増をしなければ当分は安定した仕事を続けられるであろう。

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生存期間 71年と10日 誕生日9月21日
石狩に住み始めて 4年と88日 2017年7月6日から
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